役名 |
番号 |
台詞 |
※『』はモノローグです |
氷室 |
001_001 |
『今日は大学の友達と卒業旅行! ご飯と温泉を楽しみに電車を乗り継いで、やーっとたどり着いた山の奥! うきうき気分で木漏れ日が降り注ぐ中を散策……してたのに。雨に降られて、みんなとはぐれて、焦って駆け出したのがいけなかったんだと思う。崖から落ちたわたしは背中をしたたかに打って意識を手放した』 |
○部屋(夜) |
氷室は布団で寝ている |
彼女の傍には2人の女性 |
氷室 |
002_002 |
(意識浮上中)う……うぅ |
伊達 |
003_001 |
お、気がついたか? |
氷室 |
004_003 |
(意識浮上中)うぅん |
伊達 |
005_002 |
まだか |
片倉 |
006_001 |
政宗さま、もうよいでしょう。じきその女子(おなご)も目覚めます。ご公務へお戻りを |
伊達 |
007_003 |
小十郎、おまえはどうしてそう物事を焦る。じき目が覚めるのなら薬師(くすし)を呼べ |
片倉 |
008_002 |
傍付(そばづ)きにさせます。《手をたたく》おい誰か! |
伊達 |
009_004 |
しー! けが人の傍で大声を出すやつがあるか、ばか者 |
片倉 |
010_003 |
も、もうしわけなく |
氷室 |
011_004 |
『わたしが目を覚ましたのは布団の中で、傍では眼帯の女性と小柄な女性が話をしている。見たこともない部屋。どこだろう、ここ』 |
氷室 |
012_005 |
あのー |
片倉 |
013_004 |
む、気がづいたか |
伊達 |
014_005 |
小十郎の大声で起きたんだ、なあ |
氷室 |
015_006 |
え、えっと。あの、どちらさまですか? |
片倉 |
016_005 |
無礼な。名を尋ねるならばまず己から―― |
伊達 |
017_006 |
私の名は伊達政宗 |
片倉 |
018_006 |
政宗さまぁ |
伊達 |
019_007 |
やかましい。で、そっちは? |
氷室 |
020_007 |
氷室つむぎです |
伊達 |
021_008 |
つむぎか、よい名だな。こっちの小さいのは小十郎だ |
片倉 |
022_007 |
小さいは余計です。片倉小十郎と申す |
氷室 |
023_008 |
伊達政宗さんに、片倉小十郎さんですね……ん? だ、伊達政宗!? |
伊達 |
024_009 |
お、私を知っているのか? いやぁ、有名なのは気分がいいな。が、いきなり立つと危ないぞ。おまえは崖の下で倒れていたんだ |
氷室 |
025_009 |
崖の下で? |
伊達 |
026_010 |
鷹狩りの帰りに見つけてな。崖から落ちたんだろう。けがもしている。服は悪いが着替えさせてもらった。なにせ雨水を含んでいたからな |
氷室 |
027_010 |
わたし、崖から足を滑らせて……あの、わたしのほかに誰かいませんでしたか? |
片倉 |
028_008 |
崖下にいたのは貴様だけだ |
氷室 |
029_011 |
そうなんですか。えっと、その、荷物とかは |
伊達 |
030_011 |
私が見つけたとき、おまえはなにも持っていなかった。少しは探したが、この通り片目でね |
片倉 |
031_009 |
命があっただけよいと思え |
氷室 |
032_012 |
そうですよね…… |
氷室 |
033_013 |
『そうだよね、死ななかっただけマシだよね。でもどうしよう。ここ、わたしがいた場所……というか時代じゃないよね。伊達政宗って、確か戦国時代の武将で……男の人だった気がするんだけど』 |
氷室 |
034_014 |
つ、つかぬことをお聞きしますが、いまは西暦何年ですか? |
伊達 |
035_012 |
西暦は分からんが、いまは文禄(ぶんろく)3年だ |
氷室 |
036_015 |
ぶんろく!? ってなんです? |
片倉 |
037_010 |
元号(げんごう)の一つだ |
氷室 |
038_016 |
あーじゃあ、えっと、じゃあ、このごろ起きたイベントとかは? |
伊達 |
039_013 |
いべんと? それはなんだ、つむぎ |
氷室 |
040_017 |
大きな出来事とか、催し物のことです |
片倉 |
041_011 |
豊臣が春に吉野で花見の宴を催していたが |
氷室 |
042_018 |
……その豊臣ってもしかして、秀吉ですか? |
伊達 |
043_014 |
ああ、秀吉だな。まさか、つむぎは太閤の知り合いか? |
氷室 |
044_019 |
いえまったく! お名前を知ってるだけです |
伊達 |
045_015 |
そうか。まぁ今日はもう休め。明日、おまえが倒れていた崖下に連れて行ってやろう |
片倉 |
046_012 |
明日は明日のご公務があります。今日の分も、たまっております! |
伊達 |
047_016 |
細かいことを気にするな小十郎、縮むぞ? |
片倉 |
048_013 |
細かくありませぬ!! あと縮みませぬ! |
氷室 |
049_020 |
えっと、あの、伊達、さま |
伊達 |
050_017 |
政宗で構わない。つむぎは私が助けた。だから私が面倒を見る、いいな小十郎 |
片倉 |
051_014 |
……かしこまりました |
伊達 |
052_018 |
じゃあ明日な、つむぎ。よく寝るんだぞ |
伊達と片倉が去る |
氷室 |
053_021 |
これ、夢じゃないよね。頬抓ったら……痛い。え、なんで? 戦国時代? しかも伊達政宗が女の人だし。どうなってるの? ……ここでじっとしてていいのかな。でもできることないし、体痛いし……よし! 寝よう |
○部屋(朝) |
氷室 |
054_022 |
うぅう、眠い。そしてやっぱり、体が痛いぃ。……夢じゃ、ないんだ |
氷室 |
055_023 |
『崖から落ちたら伊達政宗がいる時代だった! なんて笑えないよぉ』 |
片倉 |
056_015 |
つむぎ、いるか |
氷室 |
057_024 |
片倉さん。はい、います! |
片倉 |
058_016 |
失礼する |
部屋に入ってくる片倉 |
片倉 |
059_017 |
なんだその顔は、仕度(したく)ができたのなら政宗さまが崖下に連れて行ってくださる |
氷室 |
060_025 |
あの、片倉さん。政宗さまって独眼竜ですか? |
片倉 |
061_018 |
知っているのか!! うむうむ、やはり政宗さまの武勇は各地に広く轟(とどろ)いているのだな |
氷室 |
062_026 |
確かに、未来でも有名ですしね |
片倉 |
063_019 |
貴様はミライという土地から来たのか? それはどこにある |
氷室 |
064_027 |
ええっと、たぶん、すごく遠くに? |
片倉 |
065_020 |
なんだ、その曖昧な答えは |
氷室 |
066_028 |
ごめんなさい。でも本当に分からないんです |
片倉 |
067_021 |
あ、いや、そう落ち込むな。……そのだな、自分は物言いがきついかも知れんが、気にするな |
氷室 |
068_029 |
はい。……えっとぉ、その〜、あ! このお城、すごく広いですね |
片倉 |
069_022 |
当たり前だろう。政宗さまは伊達家、17代目当主なのだから |
氷室 |
070_030 |
はい片倉さん、質問したいです! |
片倉 |
071_023 |
なんだ |
氷室 |
072_031 |
ここって、どこら辺にあるんですか? |
片倉 |
073_024 |
岩出山城(いわでやまじょう)か? 陸奥国(むつのくに)の玉造郡(たまつくりぐん)で―― |
氷室 |
074_032 |
わー、待ってください! 地図、地図ないですか? |
片倉 |
075_025 |
あるわけがないだろう |
氷室 |
076_033 |
じゃ、じゃあ。あ! 紙と墨で日本地図を書いて…… |
紙に日本地図っぽいものを書く氷室 |
氷室 |
077_034 |
こんなかな。これのどこら辺ですか? |
片倉 |
078_026 |
貴様、面妖なことを。これは出羽国(でわのくに)と陸奥国か? ここらへんだな |
氷室 |
079_035 |
うーん、宮城かなぁ |
片倉 |
080_027 |
貴様はどのあたりから来たのだ? |
氷室 |
081_036 |
たぶん、ここらへんでしょうか |
片倉 |
082_028 |
江戸か。徳川の領土だな |
氷室 |
083_037 |
徳川って、徳川家康ですか? |
片倉 |
084_029 |
……貴様の家は徳川に仕えているか? |
氷室 |
085_038 |
あはは、仕えるなんて、そんなの無理ですよ |
片倉 |
086_030 |
貴様が徳川の者でないと、証明できるか? |
氷室 |
087_039 |
え、えっと、証明……できませんけど。どうして証明しないといけないんです? |
片倉 |
088_031 |
政宗さまは豊臣勢だからだ |
氷室 |
089_040 |
豊臣勢? |
伊達 |
090_019 |
秀吉に味方をしているということだ |
ひょっこり現れる伊達 |
氷室 |
091_041 |
わ? あ、政宗さま、おはようございます |
伊達 |
092_020 |
ああおはよう。まったく、いつまで経っても来ないからと見にきてみれば、小十郎と楽しげに |
片倉 |
093_032 |
自分は楽しくありませぬ |
伊達 |
094_021 |
話があるなら歩きながら聞こう。行くぞ、つむぎ |
氷室 |
095_042 |
はい! ……あれ? 片倉さんは来ないんですか? |
片倉 |
096_033 |
自分は政宗さまに押し付けられた仕事がある。政宗さま、けっして危険なことはなさらぬよう! |
伊達 |
097_022 |
はいはい。気をつけるさ |
○厩 |
伊達 |
098_023 |
そう言えば、つむぎ。つむぎは馬に乗れるのか? |
氷室 |
099_043 |
乗ったことなんてないですよ!? |
伊達 |
100_024 |
ふうむ、まぁ、乗ってみればいいか。ほれ |
氷室 |
101_044 |
わ、わたし、歩いていきますから |
伊達 |
102_025 |
崖まで遠くはないが、近場でもない。歩いていっては日が暮れる |
氷室 |
103_045 |
でも本当に、馬なんて乗ったことなくて |
伊達 |
104_026 |
やってみればどうにかなるものだ。引き上げるぞ、よっと |
伊達が氷室を馬上に引き上げる |
氷室 |
105_046 |
みぎゃ!?! |
伊達 |
106_027 |
なんだその色気のない悲鳴は。よし、しっかり捕まっていろ |
氷室 |
107_047 |
色気なんて要らな――ちょ、政宗さま。まさか |
伊達 |
108_028 |
走るぞ、っはぁ!! |
馬で駆け出す伊達 |
氷室 |
109_048 |
ひぁあああ! し、死ぬ、死にます!! |
伊達 |
110_029 |
大きな声が出るな、つむぎ。元気な証拠だ |
氷室 |
111_049 |
ああぁあ、おろしてくださーいぃー!! |
伊達 |
112_030 |
ははははは!! |
○崖付近 |
伊達 |
113_031 |
ふうむ、ここからは歩くしかないな |
氷室 |
114_050 |
お、お尻がいたい |
伊達 |
115_032 |
初めてにしては上出来だな |
氷室 |
116_051 |
政宗さま、ひどいですよ |
伊達 |
117_033 |
だが馬上から見る景色は悪くないだろう? |
氷室 |
118_052 |
景色を見る余裕なんてありませんでした |
伊達 |
119_034 |
それは駄目だな。せっかくの景色を見ないなんて |
氷室 |
120_053 |
政宗さま、ヤンチャだって言われません? |
伊達 |
121_035 |
言われないな。小十郎以外には |
氷室 |
122_054 |
言われてるじゃないですか! |
伊達 |
123_036 |
細かいことを気にするな。さあ、歩くぞ |
氷室 |
124_055 |
はぁあい |
伊達 |
125_037 |
――小十郎はどうだ。口煩くないか? |
氷室 |
126_056 |
小十郎さんですか? いいえ、煩くないですよ。いろいろ教えてもらいました |
伊達 |
127_038 |
そうか? 私は常々、もう少し静かにならんのかと思っているんだが |
氷室 |
128_057 |
ふふふ、でも本当に静かになっちゃったら、寂しいんじゃないですか? |
伊達 |
129_039 |
はは、かもな。さて、私が豊臣勢と聞いて、つむぎはどうする? |
氷室 |
130_058 |
? どうもしませんけど |
伊達 |
131_040 |
おまえは徳川の者ではないのか? |
氷室 |
132_059 |
違います。わたしがいたところ、江戸っていいましたっけ? そこは徳川さんが治めてるんですか? でも、わたしが住んでたところに徳川さんはいません |
伊達 |
133_041 |
? 徳川がいない江戸に住んでいたと? |
氷室 |
134_060 |
信じてもらえないとは思うんですけど |
伊達 |
135_042 |
……北条氏が没したのち、太閤秀吉の天下がきた。そして徳川は豊臣の次に大きい勢力を持つ |
氷室 |
136_061 |
そうなんですか |
伊達 |
137_043 |
秀吉は農家の出だからな、徳川をはじめ、多くの武将が奴の天下を快く思っていない |
氷室 |
138_062 |
じゃあ、徳川さんが秀吉に攻撃するんですか!? |
氷室 |
139_063 |
『歴史だと徳川が江戸幕府を作るんだよね。秀吉は殺されたんだっけ? うーん、死んだ? 覚えてないなぁ』 |
伊達 |
140_044 |
そうなると、せっかくできた平定(へいてい)が壊れてしまうな |
氷室 |
141_064 |
政宗さまは、戦が嫌いなんですか? |
伊達 |
142_045 |
戦場は好きなんだが、民が犠牲になるのは喜べない。いまは秀吉の支配下の元、できる限り民が豊かに暮らせる方法を探している |
氷室 |
143_065 |
素敵な頭首さまですね! |
伊達 |
144_046 |
いずれ天下を奪い取ってやろうとも考えているぞ? |
氷室 |
145_066 |
政宗さまが天下を取るなら、きっと素敵な時代になるんだろうなぁ |
伊達 |
146_047 |
…… |
氷室 |
147_067 |
政宗さま? |
伊達 |
148_048 |
いやなんでもない。ああ、あのあたりだ、つむぎが倒れていたのは |
氷室 |
149_068 |
……川が増水してて、なにも見えませんね |
伊達 |
150_049 |
雨が降ったからなぁ。あのまま捨て置けば溺死していだろう |
氷室 |
151_069 |
助けてもらって本当にありがとうございました! 《崖を見上げる》うわ、高いところから落ちたんだ |
伊達 |
152_050 |
傷が深くなくてよかったな |
氷室 |
153_070 |
そうですね。政宗さまが鷹狩りをしてなかったらって思うとゾっとします |
伊達 |
154_051 |
……つむぎはこれからどうする? 家には帰れるか? 江戸なら送っていけるが、おまえのいた江戸には、徳川はいないんだろう? |
氷室 |
155_071 |
……家にはきっと、帰れないです |
伊達 |
156_052 |
そうか。なら私の屋敷で働くか? 働き口ならある |
氷室 |
157_072 |
いいんですか? こう言っちゃなんですけど、わたし、とても怪しいと思うんです |
伊達 |
158_053 |
ああ、見慣れぬ衣をまとい、元号を知らず、徳川のいない江戸から来たという女。とても怪しいな |
氷室 |
159_073 |
そんな女を置いていいんですか? |
伊達 |
160_054 |
なに構わないさ。つむぎを傍においておけば退屈しそうにないからな |
氷室 |
161_074 |
退屈しのぎって……政宗さま、小十郎さんに怒られますよ? |
伊達 |
162_055 |
ははは、水かさが引いた頃にもう一度来てみよう。なにか残っているかもしれない |
氷室 |
163_075 |
……はい |
伊達 |
164_056 |
そう気を落とすな。死ななかったのは御仏の導きだ。まだ生き、すべきことをせよと言われているのだ。いずれ望む場所に帰れる |
氷室 |
165_076 |
本当に、帰れるでしょうか |
伊達 |
166_057 |
ああ。生きていれば、なんとかなる。望みを捨てない限りな |
氷室 |
167_077 |
そうですよね。はい、政宗さま。わたしを屋敷で働かせてください! |
伊達 |
168_058 |
いい返事だ。気に入った! |